アメリカのサブプライムローンに端を発した世界同時不況の只中、現在の状況を見越したような発言をずいぶん前から重ねられてきたのが、日本で会社を興し、ソフトウェア業界トップのエクセレントカンパニーに育て上げたアメリカ人、ビルトッテンさんです。
私はこのビルトッテンさんの考え方、風貌、しゃべり方が大好きで、社内の研修資料にも何度か(勝手に)登場していただいています。どうしてビルトッテン氏でなく、ビルトッテンさんなのかというと、それほど思わず親しみを込めたくなる人柄だからなのです。
今回、このブログで取り上げるのは、4年前に当社のネットワーク上の掲示板に掲載された文章です。
■ビル・トッテンさんの警鐘
昭和47年に、日本で株式会社アシストを設立し、業界第一位のソフトウェア商社に育て上げたビル・トッテンさんは、最近の講演会で次のように語っています。
1945年には、米国は最も豊かで力のある国でした。その50年後の今、米国は貧困にうちひしがれ、負債を負い、麻薬に汚染され、犯罪、文盲にあふれ、汚れた不健全な国になってしまいました。私にとってこれは大変悲しく、恥ずかしいことです。しかし、今度は日本人が、日本をここまで繁栄させ、安全で、健全で幸福な国にした価値観や慣行を捨てて、その代わりに米国を惨めにした価値観や慣行を取り入れています。
■階級分裂するアメリカ社会
最近では、米国は経済も好調で、すべてうまく行っているように報道されています。しかしトッテンさんは次のような定量的データで、その実態を示しています。
CEO(社長等)と従業員の年収比較(円建て)
米国 1960 19.1百万円 0.5百万円 41倍
米国 1992 384.2百万円 2.4百万円 157倍
日本 1992 48.4百万円 4.6百万円 11倍
米国のトップ1%が所有する富の割合は、1979年の22%から1996年の42%へと急増しました。(1%の金持ちが、全国民の富の42%を占有しています)
米国労働人口の半分がパート(米国労働省発表の統計、1997年9月)で、その実質賃金(時給)は、73年の11.20ドルから、97年の10.20ドルまで過去25年間下降の一途をたどりました。(ニュースウィーク、97.9.1)
米国は、少数の富裕階級が富を独占し、大半の労働者階級を搾取する階級社会になってしまったようです。資本主義下での階級闘争を予言したカール・マルクスが、墓の中で、それ見たことか、としたり顔をしているかも知れません。
■日本では親から教わった考え方でうまくいく
トッテンさんが、「日本をここまで繁栄させ、安全で、健全で幸福な国にした価値観や慣行」というのは何か。トッテンさんは69年に日本に来て、次のように感じたそうです。
日本人の考えていることは、私が小さいときから両親に教えられたことについてよく似ていました。
トッテンさんの父親はカリフォルニアで小さなエンジンの修理会社を経営していました。トッテンさんが父親から教わったのは、
父の考え方は、お客さんは大切だ、会社の目的はお客の役に立つことだ、役に立てばその会社は利潤をあげることができる、というしごくまともなものでした。(中略)
1969年に日本に来たときには、私が日本で、アメリカの会社で覚えた(利益中心で顧客の事を考えない)ビジネスのやり方をしようとすればするほど取引はうまくいかず、自分流でやるとかえってうまくいくようなことが多かったのです。
そんな試行錯誤の中で、ああ、この国でのやり方は、自分が親から教わったやり方と同じでいいのだとわかってから、だんだんこの国が好きになってきました。
トッテンさんの会社が大きく伸びたのも、この親から教わった考えに忠実に従ったからであると言います。
■トッテンさんの日本的経営
アシスト社の商品でお客さんの仕事をアシスト(手助け)できます。そして、お客さんの仕事がうまくうけば、新しい取引先を紹介してもらえるようになります。
日本ではいったん信用を得られれば、アメリカなどより、はるかに仕事がやりやすくなります。
アシスト社のバッチは、漢字で「人」の字を型どったデザインで、商売は人だと考えているからです。国ごとに商習慣やいろいろな経済システムの違いはありますが、人といい関係を持てたら、商売の上でのたいていの問題は解決できるものです。そして日本人ほどいい関係をつくりやすい国民はほかにないのです。
まさに日本的経営の本道でしょう。そして、信用を大切にする商売をするためには、社員一人一人の人格を磨かねばなりません。
トッテンさんの会社は、600人以上もの社員を、「使い捨て社員」でなく、本人が望む限り終身雇用のつもりで教育するそうです。そして社員一人一人が、コンピュータ業界で最高の人間となるために、次のような努力目標を掲げます。
一.いちばんあたたかくて、気のきく人間
一.いちばん役に立つ人間
一.いちばん正直な人間
一.いちばん有能で知識のある人間
一.いちばんよく働く人間
まさに松下幸之助の世界です。
■大金持ちになろうという野心がなくなった
「日本に来てこういう社会を知るようになってから、私はアメリカでの若い時代のように、うんと働いて大金持ちになろうという野心がなくなりました」という発言はきわめて興味深いです。「こういう社会」とは…
今、私の住んでいる町は、隣近所に大きな会社の役員が二人いて、この家にはときどき黒い車が迎えにきています。すぐ近くには、独身の学生さんとお巡りさんが住んでいます。日本の町には、会社の社長でも、サラリーマンでもお巡りさんでも、商店主でも学生でもみんな一緒に住んでいて、生活ぶりもそれほど極端には変わりません。(中略)
これが、もしアメリカだったら、私の住んでいるような町には貧乏人しか住まないでしょう。そして、たとえば、ビバリーヒルズのようなところには金持ちしか住んでいません。それが金持ちと貧乏人が画然と分かれた階層社会の特徴なのです。そして、金持ち=経営者・株主が、貧乏人=社員・労働者を使い捨てにしています。こういう社会では、企業や経済を支える人的資源が育たないのが当然というものでしょう。
■生活の幸福感とは
アメリカの都市は、安全で美しい高級住宅地、犯罪の多発するスラム街など、階級ごとに棲み分けされており、どこに住んでいるかで、その人の社会的地位も推察できます。こういう社会であれば、若者はとにかく金を貯めて、より高級な場所に住みたいと熱烈に願うのです。
しかし、そうした富への欲求のあまりに、生活や仕事での真に大切なものを見失ってしまう恐れがあります。
近所の小さな薬局は、大型スーパーなどにくらべるとたしかに値段は少々高いかもしれないけれど、家族の一員が夜中に熱を出したときなどに、トントンと戸を叩いてお願いすれば解熱剤を売ってくれ
ます。小さな魚屋さんも、日ごろから顔なじみにしていれば、こちらの好みの魚や注文品を市場で見つけてくれるでしょう。電器屋さんにしても、テレビのアンテナがこわれたといえば、すぐに来て修理してくれます。(中略)
多くのアメリカ人が日本に来て、町の小さな商店がたくさんあることにホッとするというのも、そういう町にこそ、本来の意味でのコミュニティーを見る思いがするからなのです。(中略)
そういう人間関係の中にこそ、生活の幸福感のようなものがあるのだと信じています。
■どういう社会が望ましいのか?
アメリカの経済好調と、日本の低迷を比較して、とにかく規制を撤廃し、英米流の徹底した自由競争を取り入れよ、という議論が根強い昨今。確かに教育、農業、金融など、戦時中の統制経済を引きずっている分野にはメスを入れなければならないでしょう。
しかし、健全な自由競争と、ジャングルの弱肉強食とは違うはずです。1%の富裕層が、国全体の42%の富を握り、国民の半分がいつ首にされるか分からないアルバイトだという社会を、我々は本当に望んでいるのでしょうか。それによって、国民の間での同胞感、信頼感を無くしては、「生活の幸福感」も得られないのはないでしょうか。
それにしても、最近の日本では、道路を歩いていて平気でタバコを捨てる人の数が、にわかに増えてきたように思えてなりません。駐車違反の車が平然ととめてある光景も、やたらと目立つようになってきました。タバコが麻薬になり、駐車違反が路上のホールドアップになるまでの時間は、アメリカの例から言えば、またたく間の変化でした。
今、日本は、前者の轍を踏まない最初の経済大国になるかどうか、瀬戸際の歴史的実験の段階に入りかけたと言えます。
経済とは、我々が「良く生きる」ための手段です。そして「良く生きる」ためには、どういう社会が望ましいのか、という所から考えなければなりません。アメリカに盲従するのではなく、我々自身の価値観を踏まえて、知恵を絞らねばなりません。
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思えば、会社は株主のためにあると断言していた人たちと、会社はステークホルダー(投資家・債権者・お客様・取引先・従業員・地域社会・社会・政府・行政・国民)全員のものだと声を高くしていた人たちの論争は、今回の経済危機で雌雄が決したようです。
トッテンさんは、ずっと前からそんなことはお見通しでした。
トッテンさんの大好きな日本をみんなで再興できるといいですね。
■投稿者: crayon
■日時: 2009年08月18日 18:36